患者様の声

田中さん

田中さんインタビュー 前編

仕事も趣味も楽しむ生き方

体の異変と生活改善
その繰り返しののちに

30代半ば、会社の健康診断で腎嚢胞(じんのうほう)が見つかりました。健康に影響はないということで、そのままの暮らしを続けていましたが、50代になって狭心症を経験。お医者さんから「タバコが原因で、血管に石灰が付いて狭くなっている」と言われ、わたしはタバコをやめました。それから7~8年経て、今度はまた腎臓に問題があることが発覚。塩分を控える生活に変えて2年間過ごしましたが、それでも腎臓の機能が低下してしまったため、63歳の時にいよいよ透析を導入することに。当時は単身赴任をしていたため、赴任先の土地で透析治療が始まりました。

8時間透析に期待して
かもめ・みなとみらいクリニックへ

赴任先から横浜に戻ってきてからは、神奈川県内のある透析施設に通院していましたが、2013年にかもめ・みなとみらいクリニックに転院。病気のことや治療法について、いろいろと調べる中で「長時間透析のほうが自分の体にとって良い」という期待があったからです。妻もこのクリニックへの転院に賛成してくれたので決断しました。
8時間透析にしてから変わったことは、「顔色が良くなった」と言われるようになったこと。また、以前の施設で透析していた頃は夜になっても眠れないことがあり、睡眠薬を処方してもらっていましたが、このクリニックでは睡眠薬を飲んでいません。透析によるストレスがなくなったからかもしれませんね。

趣味の料理を存分に楽しむ
食事制限がないことの嬉しさ

このクリニックの治療法には、塩分制限など食事の制約がないのが嬉しいです。透析の日は、クリニック近くのお店のお弁当を注文して、それをお昼ごはんにしていています。鯖焼き定食と鱈の甘酢あんかけ定食が、わたしのお気に入り。どちらもとても美味しいです。
また、料理好きなわたしは、麻婆豆腐や柚の甘露煮などいろいろな物を作り、写真を撮っています。SNSには自作の料理やお店で食べた物の写真をアップして、親しい友人などに公開。こういったことも、食事制限がないからこその楽しみだと思っています。

やりたいことがあるからこそ
積極的に透析を受ける

会社員だったころは、電機メーカーの研究所でDVDの仕組みや郵便物の宛名の文字を読み取るシステムの開発に従事。その後、56歳から定年までの9年間は、大学の先生として学生に情報工学を教えていました。今も情報システムへの探求心は尽きず、生涯プログラマーでありたいと考えています。また現在は、石の結晶の魅力に惹かれて、鉱石やアクセサリーを展示・販売する石のギャラリー「白山ラピス」を妻と一緒に経営しています。ギャラリーの一角ではパソコン無料相談室を開き、地域の交流の場にもなっています。
そして今、何より一番の楽しみは、近所に住む4人の孫と遊ぶこと。こんな風に生き甲斐がたくさんあるので、生活に張りがありますし、治療のモチベーションにもなっています。